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大白蓮華7月号研鑽雑記③


大白蓮華7月号59㌻~60㌻

一人立つ精神を示した御金言

最初に拝すのは、大聖人ご自身のお姿を通して「一人立つ精神」を示してくださった「妙密上人御消息」の一節です。
本抄では、末法に入って一切衆生を救済する大良薬たる「法華経の題目」が流布される時を迎え、その妙法弘通の大闘争を、ただ大聖人お一人から始めたことを明かされています。

末法万年の人類救済の大道は、ただお一人、御本仏自らが立ち上がり開かれたということです。

拝読の御文では、大聖人が唱えられた題目は、すでに一国に広がりつつあり、遂には日本国中の万人が一同に唱える時が来るであろうとの大確信を示されています。


広布の流れは一人から始まる
「法」そのものは、無始無終の永遠の真理です。
しかし、「法」を覚知した一人が立ち上がって伝え始めなければ、万人が「法」の利益に浴することは永久にあり得ません。

思えば、仏教の創始者である釈尊は、菩提樹の下で覚りを得た後、この法を説くべきか否かと逡巡しました。あまりにも未聞の法だからです。しかし、遂に決断し、民衆のために一人立ち、法を弘め始めました。

「一人立つ精神」は、仏教の誕生から変わることのない、根幹であるといってよいでしょう。

大聖人も立宗の時、大難を覚悟されて、一人立ち上がりました。
「日本国の中に但一人・南無妙法蓮華経と唱えたり」との通りです。

この御本仏の大誓願を受けて、創価の三代の師弟は、化儀の広宣流布に立ち上がりました。
そして今や、壮大な地球広布の時代を迎えたのです。

この方程式は永遠です。あらゆる広布の戦いにおいても、「一人立つ実践」なくして前進は始まりません。

たとえ、「一塵」「一露」のような小さな存在であっても、決然と一人立ち、輝きを放てば、それは、埋もれたままの一塵、はかないままの一露ではありません。
「須弥山の始の一塵」となり「大海の始の一露」となるのです。一塵、一露が、須弥山、大海を荘厳するのです。これが「一念三千」の原理です。仏法が示す変革のダイナミズムなのです。






by soka23001118 | 2019-08-13 01:41 | 教学研鑽雑記 | Comments(0)

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