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●143㌻~144㌻
「皆さんが前に来てください。私は後ろでいいんです。後ろから皆さんを見守っていきたいんです」
それは、伸一の率直な気持であった。会長として広宣流布の指揮をとることは当然だが、彼の思いは、常に陰の人として同志のために尽くすことにあった。

伸一の言葉に、メンバーは驚きを隠せなかった。皆がいだいていた「会長」のイメージとは、大きく異なっていたからである。
伸一の態度は、およそ世間の指導者の権威的な振る舞いとは正反対であり、ざっくばらんで、しかも人間の温かさと誠実さが滲み出ていた。

●146㌻
彼は、どこにあっても、常に同志との率直な語らいを心がけた。その対話のなかから人々の心をつかみ、要望を引き出し、前進のための問題点を探り当てていったのである。
そして、問題解決のために迅速に手を打った。提起された問題が難題である場合には、何日も考え、悩んで、なかなか寝つけないことも少なくなかった。

まことの対話には、同苦があり、和気があり、共感がある。対話を忘れた指導者は、権威主義、官僚主義へと堕していくことを知らねばならない。

伸一の思いは、いつも広宣流布の第一線で苦闘する同志とともにあった。
いな
彼自身が最前線を駆け巡る若き闘将であったといってよい。


●148㌻~150㌻
「ありがとう。嬉しいね。同志のことを考えてくれて。みんなのために懸命に頑張る姿ほど、尊いものはありません」
その言葉は、タエコ・グッドマンの胸を射た。彼女はハッとして、伸一の顔を見た。
「先生…」
何か言いかけたが、言葉にならなかった。しかし、彼女は、自分の心にわだかまっていた悶々とした思いが、霧が消えるように、にわかに晴れていくのを感じた。

タエコ・グッドマンが入会に踏み切った動機は、三年前に日本で母親がガンにかかり、医師から「六か月の命」と宣告されたことであった。その苦悩のなかで、仏法の話を聞き、紹介者の指導通りに一心に信心に励んだ。そして、二か月たって再検査を受けると、母親のガンの症状はすっかり消えていたのである。

その後、彼女は、職場で知り合ったアメリカ人と結婚し、渡米する。しかし、見知らぬ土地での生活は、日々、郷愁をつのらせた。彼女は、日本に帰れることを願って、真剣に信心に励んだ。入会するメンバーは二人、三人と増え、遂に十人を超えた。すると、彼女の心は揺らぎ始めたのである。

"もし、自分が帰国してしまったら、後に残されたメンバーの面倒は、いったい誰がみるのだろうか…"

日本に帰りたい一心で信心に励み、弘教に力を注いだことが、かえって、帰国をためらわせる結果となったのである。彼女の心は激しく揺れ動いた。それは、使命の自覚といってよかった。

そんなさなかに、山本会長一行の訪米を知り、彼女はぜひ会長に会いたいと、一晩がかりで車を走らせてやって来たのだ。彼女は、「みんなのために懸命に頑張る姿ほど、尊いものはありません」という伸一の言葉を耳にした瞬間、感激とともに決意が込み上げた。

"私は、このアメリカの地で頑張ろう。私を信頼して、信心を始めた同志のために…"

人間性の光彩とは、利他の行動の輝きにある。人間は、友のため、人びとのために生きようとすることによって、初めて人間たりうるといっても過言ではない。そして、そこに、小さなエゴの殻を破り、自身の境涯を大きく広げ、磨き高めてゆく道がある。

伸一は、モンタナの地から、法を求めてやって来た婦人の、一途な求道の姿が嬉しかった。広いアメリカのここかしこに、広布の使命に生きる地涌の友が、涌出しつつあることを感じた。まさに、世界広布の時は来ていたのである。



●152㌻
生活苦のなかで戦う現地のメンバーのことを考えれば、質素に徹し、少しでも同志のために尽力することは当然であろう。それでこそ広宣流布のリーダーであり、その姿と真心に人は信頼を寄せるのである。
「こんなステーキでみんなには申し訳ないが、学会は小欲知足でいこうよ。ことに幹部が質素で清らかであることを忘れれば、そこから堕落が始まってしまうからね」


●158㌻~160㌻
「今日から、わが家には主人はいなくなったと思っています。今日は山本家のお葬式ですから、お赤飯は炊いておりません」
「確かにそうだね……」
伸一も微笑んだ。妻の健気な言葉を聞き、彼は一瞬、不憫に思ったが、その気概が嬉しかった。それが、どれほど彼を勇気づけたか計り知れない。
これからは子供たちと遊んでやることも、一家の団欒も、ほとんどないに違いない。妻にとっては、たまらなく寂しいことであるはずだ。だが、峯子は、決然として、広宣流布に生涯を捧げた会長山本伸一の妻としての決意を披歴してみせたのである。

伸一は人並みの幸福など欲していなかった。ある意味で広布の犠牲になることを喜んで選んだのである。今、妻もまた、同じ思いでいることを知って、ありがたかった。

しかし、伸一は、それは自分たちだけでよいと思った。その分、同志の家庭に、安穏なる団欒の花咲くことを願い、皆が幸せを満喫することを望んだ。そのための自分の人生であると、彼は決めたのである。
峯子は、伸一に言った。
「お赤飯の用意はしておりませんが、あなたに何か、会長就任のお祝いの品を贈りたいと思っております。何がよろしいのかしら」
「それなら旅行カバンがいい。一番大きな、丈夫なやつを頼むよ」
「カバンですか。でも、そんなに大きなカバンを持って、どこにお出かけになりますの」
「世界を回るんだよ。戸田先生に代わって」
峯子の瞳が光り、微笑が浮かんだ。
「いよいよ始まるんですね。世界広布の旅が」
彼は、ニッコリと笑って頷いた。

伸一は、もとより、広宣流布に命をなげうつ覚悟はできていた。広布の庭で戦い、散ってゆくことは、微塵の恐れも、悔いもなかった。もともと医師からも、三十歳まで生きられないと言われてきた体である。いつ倒れても不思議ではない。

しかし、恩師の志を受け継ぎ、世界広布の第一歩を踏み出したばかりで、倒れるわけにはいかなかった。伸一は今、シアトルのホテルでベッドに伏せながら、自らの体の弱さが悔しくてならなかった。
"生きたい。先生との誓いを果たすために"

彼は「南無妙法蓮華経は獅子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや」(御書1124㌻)
との御聖訓を思いつつ、熱にうなされながら祈った。
激しさを増した雨が、ホテルの窓を叩いていた。



# by soka23001118 | 2019-07-09 09:48 | 教学研鑽雑記 | Comments(0)

●134㌻~135㌻
「確かに、一本一本は決して太いものではない。しかし、それが、束ねられると、大変に大きな力を発揮する。これは異体同心の団結の姿だよ。学会も、一人ひとりは小さな力であっても、力を合わせ、結束していけば、考えられないような大きな力を出せる。団結は力なんだ。これからは、あなたたちが中心になって、みんなで力を合わせ、サンフランシスコの人びとの幸せと広布を支えていくことです」



●138㌻~139㌻
「十月十二日といえは、大聖人の大御本尊の建立と同じ日だね…」
つぶやくように伸一が言った。その声には、深い感慨が込められていた。

中略

カナリア諸島を経由し、大西洋を突き進むこと七十一日、十月十二日に彼はワットリング島を見つけ、上陸した。大聖人の大御本尊の建立から二百十三年後の同じ日である。伸一は、そこに何か不思議な因縁を感じた。





# by soka23001118 | 2019-07-05 01:14 | 教学研鑽雑記 | Comments(0)

エッセイ 散歩道②


ヘッセ詩集より

昼間、町や小路を通っていき、
雲や人々の顔を見よ

そうしたら、君は驚いて悟るだろう
すべては君のもので、
君はその作者であることを。

君の五官の前で複雑多様に
生き動いているものは
全く君のものであり、
君の魂が揺すっている夢なのだ。

君自身を通って永遠に歩み

あるいは君自身を制限し、
あるいは拡げつつ
君は語るものであると同時に聞くものであり
創造者であると同時に破壊者である。

久しく忘れられていた魔力が
神聖な幻を紡いでいる。
そして測り知れぬ世界は
君の呼吸によって生きている。



散歩といっても、21世紀の便利な時代に生れついてしまった僕などは、
郊外の景色が心地よい公園や、見渡す限りの平原が望める展望台や、
山々や、森林や、海を眺められるところまで行こうとなると
決まってドライブがてらに車を走らせてばかりいる。

それというのも、僕の住む札幌は都会のうちではあるが、
ほんの少し車を走らせれば大自然の恩恵をいたるところで見つけることができるから
ということもあるし、

また、金銭的な貧乏人の性というものは、時間的にも貧乏人なものだから、

ついつい、次の日の会社の出勤時間のことまで考えてしまい、ソローのように
和楽に包まれた裕福な時間を使って目的地まで辿り着けるだけの余裕は懐にはなく、

そのため、わかってはいても、何の争いももたらさない自らの脚を使う代わりに、
きな臭い争いの元の油を消費することで現代人と現代人の僕は、目的地を目指す。

そういった代償になりかねないものを伴ってはいるものの、
また、そうやって成り立っている文明に、
そして、その争いになりかねない三毒の火種があちらこちらで燃え盛ろうとする中、
実は僕たちの見えないところで和楽への闘争を繰り広げている数々の良心たちに、

僕たちは支えられてもいるわけだから
何かしらあたたかな気持ちも沸き立たせてくれる、その恩恵にも感じいりながら

道中、町々や小路を通過し、雲や歩く人々の顔を眺めながら走っていると

なにやら僕の心の中で、また、私自身の中で
新しい作品が形作られていき、その中に私自身を見出しはじめ

私自身の五官は鋭敏にも、複雑雑多に生き動いているもの、流れる雲、真っ青な空、
そして誇らしげな山稜のもと、
どこまでも続く平原に私の心はわしづかみになり、私のものとなり、
夢のように私の魂を揺すってくれる。


その日の目的地まで車でたどり着くと、
当然のことながらいつまでも車内にこもっているはずもなく
車をおり、クーラーの効いた快適な車内から

札幌の湿気の少ない、そして、
季節ごとに匂いを変えては、私たちの音律を整わせる、
その本来、いつもかみしめているべき自然の空気をあらためて胸いっぱいに吸い、
そして、森林から発せられる静寂や小鳥の囀りや、雲のゆっくりとした動きの中で
歩きはじめると

永遠が私の魂の奥の奥から徐々に私のところまで、また、僕のところまで
歩みよりをはじめ
自律や自制に彩られた知性が蘇ってき、あるいは拡げられながら
大自然のぬくもりと対話を始めたりする。

大自然は僕に破壊者となるよう、促してくれ
大自然は僕に創造者となるよう、また、促してくれ

僕は破壊者となり、
僕の作り上げてしまったちっぽけで卑小な観念の幻影を打ち砕き
僕は創造者ともなって、
蘇生と普く賢い歌が僕の魂から雅楽をともなって鳴り響きだす。

とはいっても、民俗学者の宮本常一氏は現代人について
「少なくとも人間一人一人の身のまわりのことについての処理の能力は過去にくらべて
著しく劣っているように思う。物を見る眼すらがにぶっている」と警鐘を鳴らしていて

考えてもみれば、
過去に幾多にも出現した賢哲たちであれば、
目的地まで歩いていったであろうその道中を、
僕達は便利さを得てしまったがために、瞬時に何の苦労もなく
歩みをすすめてしまい、

かえって彼らのその明朗な、そして、聡明であるがゆえに歩みの遅い、
その足の運びによってもたらされる、健全な体や、健全な眼や、健全な良心を
僕達は育てる機会を失い、著しく劣ったものにしてしまっているのかもしれない。

なにも車だけではない。

着物が汚れたからといって、僕たちは洗濯板をもってわざわざ川に行ったりしないし、
お腹がすいたからといって、槍や弓を片手に森の奥の奥までわけいり、何時間も、
下手をしたら、何日間もエゾシカやウサギを追いかけまわしたりもしない。

もちろん、ジャガイモを自然加工して厳冬を乗り切るための保存食にすることもしないし、
カムイチェプ(鮭のアイヌ語)を燻製にして天井に吊り下げておくこともしない。

靴にしても、着るものにしても、ヒグマの毛皮を剥ぎ取り、何日もかけて加工する
なんてこともないし、木の皮やシャケの皮で身を覆ったマネキンがショッピングモールに立っていることもない。

住むところだとて、西洋の真似事をして建築された、全く北海道の環境に合わない、
夏は暑くて冬は寒い明治仕様の住居を与えられても、こんな住みづらいところなんかで
生活できるかと、

日本スキーの父である
テオドール・フォン・レルヒがフュッテと呼んだ、北海道の英知のたまものの、
夏は涼しく冬は暖かい、アイヌが愛着と伝統と誇りをもって作り上げていた
笹葺き住居「チセ」を、外見は小奇麗で実際の環境には全く適さない
張りぼて小屋の隣に何日間もかけて立てたりなんかしない。

ちなみに僕たちの祖先である開拓民もこの「チセ」をアイヌの人たちに教えてもらえたことで
厳しい北海道の環境に耐えられる住居を構えることができていたのだから
いまの僕たちがあるのもアイヌの生活の智慧のおかげだろう。

少し話は脱線したが、そうやって長い時間を生活するために費やさなければ
ならなかった過去と比べて私たちはむしろ有り余る時間を得られるようになっている。

その有り余る時間を得られるようになったのにも関わらず、僕たちはその便利さの中で
時間を見つけてはスマホゲームに時間を費やしてしまったり、何も残らない
バラエティー番組を漫然と見て過ごしてしまったり、
インターネットで自分の興味のあるものや刺激のある動画なんかで時間を
つぶしてしまっている。

あるいは、日頃のうっぷんを娯楽で吹き飛ばそうとして、お酒の力を借りた
なんだか変な友情を深夜まで分かち合い、晴れやかな夜空の星々のように輝く繁華街のネオンの瞬きを
堪能しつくして眠りについた、その翌朝には、二日酔いと後悔が眼の中を星が瞬くようにちらついていたりする。









# by soka23001118 | 2019-07-02 00:38 | エッセイ | Comments(0)

創価学会壮年部のブログです。


by Soka23001118