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大白蓮華8月号①


8㌻~9㌻
世界を照らす太陽の仏法
第52回 わが「共戦の友」各部の皆さんに贈る⑥
伝持の未来部---君たちへ一切を託さん!

後継の育成こそ、指導者の第一要件です。
今から43年前の1976年(昭和51年)8月に開催された本部幹部会で、私は妙法のリーダーとしての指針を示しました。

「後継の人を大切に」
「年配者を大切に」
「ふだんの言動を大切に」
「ふだんの身なりを大切に」
「婦人、女子を大切に」
「職場、社会を大切に」

この「六項目の心構え」のまず最初に、「後継の人を大切に」と掲げたのは、広宣流布・令法久住の命脈は、後継の人材の輩出にこそあると確信していたからです。

世界中で未来部の友が活躍

第3代会長に就任して以来、心中深く祈念し続けてきた一点は、この「後継の育成」についてでした。その一切の急所こそ、未来部各部の誕生にほかなりませんでした。

64年(同39年)6月7日、世界広布への歩みを進めるなかで"未来部の第一陣"として結成したのが、高等部です。
本年で誕生から55周年。今や、日本全国はもとより、世界各地でも、未来部の若き地涌の友が澎湃と踊り出る時代となりました。


副会長講義より
・伝持…顕仏未来記に言葉があるとのこと。

・高等部結成に一番反対したのが、実は当時の理事長
新人間革命9巻に詳しく記載されているとのこと。

「みんなは目先の事しか考えない。しかし、大事なのは未来。いまから30年後、…」



by soka23001118 | 2019-09-03 22:17 | 教学研鑽雑記 | Comments(0)

大白蓮華7月号⑧


67㌻~69㌻

誰もが等しく仏子であり、宝塔

御本尊の前では誰人も平等です。
かつて、戸田先生は語られました。
「誰もが等しく仏子であり、また宝塔であるというのが、日蓮大聖人の大精神である。だからこそ、万人を救い得る真の世界宗教といえるのだ」

たとえ今は、学会活動から遠ざかっていたり、信心の確信を失いかけたりしていても、必ずや使命を自覚し立ち上がる時が来ます。
私も「皆が人材」「皆を幸福に」との思いで、若き日から徹して励まし抜いてきました。


「まだ励ませる」と動きに動き

あの1956年(昭和31年)の「大阪の戦い」にあって、私は御本尊に、「大阪のいかなる人であれ、一人でも多く、このたびの戦列に加わって味方となるように!」と祈り抜き、戦い抜きました。

私自身が、率先して、一人また一人と会いました。一軒また一軒と訪ねました。
関西本部に来られた方々とも、寸暇を惜しんで対話を重ねました。自転車を走らせ、同志と共に地域の隅々まで回りました。

「まだ、時間がある」「まだ、励ませる」と動くうち、日に二十数会場、回ったこともあります。
東奔西走の一日の終わりに関西本部に戻ると、真剣な祈りを捧げるとともに、励ました方々や気に掛かる友へ葉書や手紙を認める日々でした。こうして私が直接、激励した人は、半年間で8000人にもなりました。

有り難いことに、「一人の青年」の必死の祈りと戦いに、関西の共戦の同志は総立ちで応えてくれました。
5月の折伏成果で、大阪は「1万1111世帯」の不滅の金字塔を打ち立て、さらには「"まさか"が実現」と語り継がれる、不可能を可能にした民衆勝利の歴史が築かれたのです。


御本尊と師匠と同志のため

この「大阪の戦い」に臨む私自身の心中を占めていたものは-------
「戸田先生のために戦えばいい」
「同志のために尽くせばいい」
「御本尊を信じて勝利すればいい」
という覚悟の一念に尽きます。

私はどこまでも、誓願の信心で戦い抜き、同志を励まし、真剣と誠実で勝ちました。
この心を、わが愛する青年部に受け継いでもらいたいのです。


識者の期待「青年は今を生きる存在」

今、世界の各地で、多くの創価の青年が力強く平和への大行進を開始しています。識者たちも期待の声を寄せてくれています。
アメリカの未来学者のヘンダーソン博士は、「私たちが共有するものは、一人立つ精神です」と言われ、「勇気ある一歩を、まず踏み出すことです。そして、一歩一歩と前に進み続けることです。そこに、おのずと道は開かれていくのです」とエールを送ってくださいました。

また、アルゼンチンの平和運動家のエスキベル博士は次のように語られています。
「青年は、今を生きる存在です。青年こそ『人類の共生と人間の尊厳を確立する、新しい時代の萌芽である』と確信しています」
エスキベル博士と私は、昨年、「世界の青年へ レジリエンス(困難を乗り越える力)と希望の存在たれ!」とのタイトルで共同声明を発表しました。青年には、いかなる逆境をも乗り越える本源的な力があるのです。


人間主義の社会を築く立正安国を

新しき時代を創造しゆく青年の連帯がある限り、絶対に希望は失われません。
さあ、新たな時代が開幕した今こそ、平和への大潮流を起こし、人間主義の社会を構築していく、千載一遇のチャンスです。
世界中の地涌の青年と共に、立正安国の大闘争に邁進していこうではないか!









by soka23001118 | 2019-08-30 01:10 | 教学研鑽雑記 | Comments(0)

大白蓮華7月号⑦


64㌻~66㌻
平等性を根本に多様な個性の開花

雨は、草木に差異があるからといって、分け隔てをすることはありません。しかし、雨を受ける草木には、それぞれの特質や性質があり、それぞれに応じて成長し、多彩に異なった花を咲かせ、異なった実を結びます。

仏が法を説くことも、これと同じです。仏の慈悲は、万人に対して等しく開かれており、差別はありません。
薬草喩品には、仏が一切を観ることはびょうどうであり、彼此の差別も、愛憎もなく、貪著もなく、一人のためにも、大勢のためにも、分け隔てなく法を説く、とあります(法華経250㌻)

仏が、一切の衆生を平等に見ることは、全ての人を自分と同じ仏の境涯へ高めようとするためです。

この譬えは、一人たりとも絶対に排除しない平等性を根本に、あらゆる人々の個性を尊重したものです。
誰にもかけがえのない「桜梅桃李」の使命があると示すのが、仏法の透徹した人間観なのです。

「一雨」とは南無妙法蓮華経の題目

「御義口伝」の一節は、この薬草喩品の「一地所生、一雨所潤」等を講義されたものです。
「一地所生」(一地<大地>の生ずる所)とは、三草二木という違いはあっても、全て同じ一つの母なる大地から生じたものだということです。大地は種を排除しません。

また「一雨所潤(一雨の潤す所)」とは、仏の教え(雨)が平等に全ての人の心を豊かに潤すことです。雨はあまねく注がれます。

そのうえで大聖人は、機根の異なる万人を蘇生させ、希望を送る仏の大願の根本の法を、南無妙法蓮華経の題目であると明かされました。題目こそが全てを受容し育む慈悲、あらゆるものに活力を与える智慧となるのです。

ですから、私たちにとって「一雨所潤」とは、「一雨」である題目を唱え、生命力を湧き出だしていくことです。

「一雨」の「一」とは、ただ題目一筋で、余計なものを少しも混ぜないということです。

病気や経済苦、家庭不和などさまざまな悩み、苦しみがあっても、どこまでも御本尊根本に強盛な信心を貫いていく中で、自身の仏の境涯を築き、仏の力を発揮して勝利の人生を開いていくことができるのです。





by soka23001118 | 2019-08-27 03:57 | 教学研鑽雑記 | Comments(0)

大白蓮華7月号⑥


63㌻~64㌻

仏の慈悲を示した「三草二木の譬え」

「一人立つ信心」の重要性と同じく、青年が継承すべきは「一人を大切に」という仏法の慈悲の実践です。
ここで、いかなる人も尊極なる存在として大切にしていく人間主義の哲理が描かれた、法華経薬草喩品の「三草二木の譬え」を学んでおきたい。

障魔と戦う民衆厳護の丈夫として、また、誰人をも包む平和の華陽のリーダーとして、徹して「一人」を守り育む慈悲の哲学をいよいよ体現してほしいからです。

「三草二木の譬え」には、分け隔てのない仏の慈悲が描かれています。
-----三千大千世界(全宇宙)にある山や川、渓谷や大地に、多くの樹木や薬草が生い茂っています。
これらは、さまざまな種類があり、それぞれの名前も形も異なっています。

このような多種多様の草木を、大きく大・中・小の三種の薬草と、大・小の二種の樹木に分類していることから「三草二木の譬え」と呼ばれています。

これら「三草二木」と呼ばれる一切の草木の上に、厚い雲が空一面に広がり世界を覆い、雨となってあまねく一切の上に降り注ぎます。その雨は、あらゆる草木を何の差別もなく、平等に潤します。これは、仏が出現し、一切衆生に平等に同一の法を説くことを表しているとされています。




by soka23001118 | 2019-08-25 22:36 | 教学研鑽雑記 | Comments(0)

大白蓮華7月号⑤


62㌻~63㌻
21世紀の世界広布の大潮流
大聖人は、「木はしづかならんと思へども風やまず・春を留めんと思へども夏となる」と仰せです。
自然界の季節の変化を誰も止めることができないように、末法における広宣流布の潮流が本格的に始まれば、その勢いは誰も止められない。現実に今、21世紀の世界広布は、いかなる力も押し止めることができない、大潮流となっています。

あとは、澎湃と続く青年たちが、「一人立つ信心」を継承する限り、広宣流布の運動は永遠に連続し発展することは約束されているのです。これが「令法久住」です。どこまでも「一人」で決まるのです。

一面、現代の青年を取り巻く環境は厳しく、複雑です。困難な状況の中での奮戦や、宿命の嵐に必死に立ち向かう苦闘があることも、よく知っています。

ただ、いつの時代も、青年とは変革者の異名です。いわんや、皆さんには偉大な仏法がある。逆境や苦悩の波に押し流されるのではなく、たくましく打ち返す底力が、妙法を持つ青年にはあります。その究極の力を発揮するのが「一人立つ信心」なのです。

戸田先生は励まされました。
「青年ならば、その立場立場で、喜んで生きることだ。自分の使命に生き切ることが大切だ。生活に苦しいことがあっても、明朗であれ!
自分が託された使命の舞台で、日本一、世界一をめざせ!」


今回拝する
「御義口伝」の一節
今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは有差を置くなり廿八品は有差別なり、妙法の五字は無差別なり、(中略)一雨とは題目に余行を交えざるなり、序品の時は雨大法雨と説き此の品の時は一雨所潤と説けり
792㌻9行目~12行目

現代語訳
今、日蓮及びその門下が南無妙法蓮華経と唱え奉ることは、有差別を差し置く、すなわち無差別(一切を差別しない)なのである。二十八品は(衆生の機根の違いを残して)有差別であり、妙法の五字は無差別である。(中略)

一雨とは、題目以外の余計なものを少しも混ぜないということである。序品第1には雨大法雨(=「今、仏世尊は大法を説き、大法の雨を雨らし」)と説き、この薬草喩品第5では(法雨を重ねて仏が)一雨所潤と説いている。








by soka23001118 | 2019-08-16 04:05 | 教学研鑽雑記 | Comments(0)

60㌻~62㌻

大聖人の死身弘法の大闘争

続けて「今は謗ぜし人人も唱へ給うらん」と仰せです。かつて大聖人を誹謗した人々も、正義の訴えに目を開くようになってきたではないか----。
いかなる迫害にも屈しない死身弘法の不退の闘争、その偉大な振る舞いや現証を通して、多くの人々が大聖人の門下となり、味方へと変わっていったのです。

さらに「上一人より下万民に至るまで」、あらゆる人々が題目を唱えるようになるだろうとの大確信を述べられています。
全ての人には、本来、仏性が具わっています。ですから、どこまでも堂々と、そして誠実に、この仏法の偉大さ、学会のすばらしさを語り抜いていけばよい。仮に無理解からの非難があっても、やがては、相手の仏性が発動していくのです。

自分が一人立つことが青年の本懐

戸田先生は、こうも語られました。
「広宣流布は、一人の青年が命を捨てれば必ずできる」
この言葉通り、「一人の青年」として命を賭して、私は戦い、広布拡大に先駆しました。
「誰か」ではなく「自分」が厳然と立つ!
------ここに創価の青年の本懐があります。大切なことは真剣な「一人」になることです。
他の人がどうかではなく、自分が勇気を奮い起こして、「心の壁」を破り、拡大の対話へ打って出ることです。今日の広宣流布の大発展の基盤は、そうした草創の同志たちの必死の戦いから、限界の壁が破られ、築かれていったのです。
強き祈りを根本に、友の幸福を願って対話に挑むならば、そこから新たな広布拡大の突破口は必ず開かれます。





by soka23001118 | 2019-08-15 03:18 | 教学研鑽雑記 | Comments(0)

大白蓮華7月号59㌻~60㌻

一人立つ精神を示した御金言

最初に拝すのは、大聖人ご自身のお姿を通して「一人立つ精神」を示してくださった「妙密上人御消息」の一節です。
本抄では、末法に入って一切衆生を救済する大良薬たる「法華経の題目」が流布される時を迎え、その妙法弘通の大闘争を、ただ大聖人お一人から始めたことを明かされています。

末法万年の人類救済の大道は、ただお一人、御本仏自らが立ち上がり開かれたということです。

拝読の御文では、大聖人が唱えられた題目は、すでに一国に広がりつつあり、遂には日本国中の万人が一同に唱える時が来るであろうとの大確信を示されています。


広布の流れは一人から始まる
「法」そのものは、無始無終の永遠の真理です。
しかし、「法」を覚知した一人が立ち上がって伝え始めなければ、万人が「法」の利益に浴することは永久にあり得ません。

思えば、仏教の創始者である釈尊は、菩提樹の下で覚りを得た後、この法を説くべきか否かと逡巡しました。あまりにも未聞の法だからです。しかし、遂に決断し、民衆のために一人立ち、法を弘め始めました。

「一人立つ精神」は、仏教の誕生から変わることのない、根幹であるといってよいでしょう。

大聖人も立宗の時、大難を覚悟されて、一人立ち上がりました。
「日本国の中に但一人・南無妙法蓮華経と唱えたり」との通りです。

この御本仏の大誓願を受けて、創価の三代の師弟は、化儀の広宣流布に立ち上がりました。
そして今や、壮大な地球広布の時代を迎えたのです。

この方程式は永遠です。あらゆる広布の戦いにおいても、「一人立つ実践」なくして前進は始まりません。

たとえ、「一塵」「一露」のような小さな存在であっても、決然と一人立ち、輝きを放てば、それは、埋もれたままの一塵、はかないままの一露ではありません。
「須弥山の始の一塵」となり「大海の始の一露」となるのです。一塵、一露が、須弥山、大海を荘厳するのです。これが「一念三千」の原理です。仏法が示す変革のダイナミズムなのです。






by soka23001118 | 2019-08-13 01:41 | 教学研鑽雑記 | Comments(0)

大白蓮華7月号
58㌻~59㌻
今回拝する
「妙密上人御消息」の一節

日本国の中に但一人・南無妙法蓮華経と唱えたり、これは須弥山の始の一塵大海の始の一露なり、二人・三人・十人・百人・一国・二国・六十六箇国・已に島二つにも及びぬらん、今は謗ぜし人人も唱へ給うらん、叉上一人より下万民に至るまで法華経の神力品の如く一同に南無妙法蓮華経と唱え給ふ事もやあらんずらん、木はしづかならんと思へども風やまず・春を留めんと思へども夏となる
(1241㌻2行目~5行目)

現代語訳
日蓮は、日本国の中でただ一人、南無妙法蓮華経と唱えた。
これは須弥山となった始めの一塵であり、大海となった始めの一露である。
二人、三人、十人、百人、一国、二国、六十六ヵ国まで広がり、すでに二島にまで及んでいるだろう。
日蓮を謗っていた人たちも、今は、題目を唱えているだろう。
また、日本国の上一人より下万民に至るまで、法華経の神力品第21で説かれている通り、一同に南無妙法蓮華経と唱えることもあるだろう。
木は静かであろうと思っても、風はやまない。春は留めようと思っても、必ず夏となるのである。


<参考>
妙法蓮華経並開結567㌻~577㌻<如来神力品>
爾の時、千世界微塵等の菩薩摩訶薩の地従り涌出せる者は、皆な仏前に於いて、一心に合掌して、尊顔をせん仰して、仏に白して言さく、

「世尊よ。我れ等は仏の滅後、世尊の分身の在す所の国土・滅後の処に於いて、当にこの経を説くべし。所以は何ん。我れ等もまた、自ら是の真浄の大法を得て、受持・読誦・解説・書写して、之れを供養せんと欲す」と。

爾の時、世尊は、文殊師利等、無量百千万億の旧より娑婆世界に住せる菩薩摩訶薩、及び諸の比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷、天・竜・夜叉・乾闥婆・阿修羅・迦楼羅・緊那羅、人・非人等、一切の衆の前に於いて、大神力を現じたまう。

広長舌を出して、上梵世に至らしめ、一切の毛孔より、無量無数色の光を放って、皆悉な遍く十方世界を照らしたまう。
衆の宝樹の下の師子座の上の諸仏も亦復た是の如く、広長舌を出し、無量の光を放ちたまう。釈迦牟尼仏、及び宝樹の下の諸仏は神力を現じたまう時、百千歳を満たす。

然る後に還って舌相を摂めて、一時に謦欬し、俱共に弾指したまう。是の二つの音声は、遍く十方の諸仏の世界に至って、地は皆な六種に振動す。

以下後日追加…


by soka23001118 | 2019-07-23 23:51 | 教学研鑽雑記 | Comments(0)

大白蓮華7月号
池田大作先生の講義
世界を照らす太陽の仏法
第51回
わが「共戦の友」各部の皆さんに贈る⑤
地涌の青年ーーー新たな開拓の旗手よ 壁を破れ!

●56㌻
「青年の強みは燃ゆるが如き熱情にあり」
「青年は北風に向かって堂々と進め」
青年が青年の責任で、理想の創価学会を建設していけ!」

恩師・戸田城聖先生は、常に青年の成長に期待を寄せ、絶えず青年を励まし続けられていました。

青年の育成こそ、輝かしき未来を建設する無上の営みであり、人類の希望を生み出す不朽の価値創造の源だからです。


●57㌻~58㌻

「青年の月」「師弟の月」7月

7月は、わが男女青年部が結成された「青年の月」です。
この7月は、日蓮大聖人が身命を賭して国主諌暁をされた「立正安国の月」であります(1260年(文応元年)7月16日)。

また、日蓮大聖人の不惜の大激闘に連なる創価学会にとって、先師・牧口常三郎先生と恩師・戸田城聖先生が、軍部政府の弾圧で逮捕された月です。(1943年(昭和18年)7月6日)。さらに、恩師と私が出入獄の歴史を刻んだ「師弟の月」でもあります。


今、再び「負けたらあかん!」と

出獄と
  入獄の日に
     師弟あり

1945年(昭和20年)7月3日午後7時、戸田先生は2年間に及ぶ投獄を勝ち越えて出獄しました。その12年後(57年)の同じ日、同じ時刻、私は、権力の横暴によって無実の罪で逮捕されました。

この時、わがことのように苦しみ、一緒に戦い抜いてくれた関西の父母たちの血涙は永遠に忘れません。
不二の関西の友は、「負けたらあかん!」との不屈の闘魂を燃え上がらせて立ち上がったのです。

今日に至るまで、たゆまず「今、再び」の精神で私と共に戦い、常勝の歴史を築いてくれました。師弟不二にして異体同心の恐れなき前進と団結は、全世界の同志が仰ぎ見る広布の模範です。


不滅の「関西魂」を青年が継承

今や不滅の「関西魂」は、父母から子どもたちへ、孫たちへと、世代を超え、地域を超えて、無数の青年に受け継がれています。
今回は、日蓮仏法の真髄であり、学会精神の根底ともいうべき、この「一人立つ」広宣流布の大精神と、「一人を大切にする」慈愛の実践を、新たな開拓の旗手である、地涌の青年たちと一緒に学んでいこう。





by soka23001118 | 2019-07-19 00:26 | 教学研鑽雑記 | Comments(0)

●178㌻~179㌻
理不尽な差別を撤廃するうえで、"黒人"の公民権の獲得は不可欠な課題である。しかし、それだけで、人びとは幸せを獲得できるのだろうか。答えは「ノー」といわざるをえない。なぜなら、その根本的な要因は、人間の心に根差した偏見や蔑視にこそあるからだ。この差別意識の鉄鎖からの解放がない限り、差別は形を変え、より陰湿な方法で繰り返されるにちがいない。

人間は、人種、民族を超えて、本来、平等であるはずだ。その思想こそ"独立宣言"に表明されているアメリカの精神(マインド)である。しかし、"白人"の"黒人"に対する優越意識と恐れが、それを許さないのだ。

問題は、この人間の心をいかに変えゆくかである。それには「皆仏子」「皆宝塔」と、万人の尊厳と平等を説く、日蓮大聖人の仏法の人間観を、一人ひとりの胸中に打ち立てることだ。そして、他者の支配を正当化するエゴイズムを人類共存のヒューマニズムへと転じゆく生命の変革、すなわち、人間革命による以外に解決はない。

伸一は、アメリカ社会の広宣流布の切実な意義を噛み締めていた。戸田城聖は生前、人類の共存をめざす自身の理念を「地球民族主義」と語っていたが、伸一は、その実現を胸深く誓いながら、心のなかで、あの少年に呼びかけていた。

"君が本当に愛し、誇りに思える社会を、きっとつくるからね"





by soka23001118 | 2019-07-18 00:22 | 教学研鑽雑記 | Comments(0)